僕はいつも、勇気を探るたびに 2

裏返すポケットから、あの日が落ちる。

皆はボンヤリしているから気づいていないでしょうが、もう年末なのですよ。俺は君たちに先立って、先ほど気がつきました。さすがだよね。

2018年が終わるのか……。なんかこう、必死で走り回っているうちに、すごい勢いで日々が過ぎてゆく。

前回の『休みの日に何してるか聞かれて失敗した』事案、ギャル系の美人の話も付け足しておきました。おれの人生、失敗ばかり。

最近ね、いっちょ前にサラダなんて食べるようになったんすよ。コンビニとかスーパーで売ってる袋に入った千切りのヤツ。
以前の俺などはタフなガイだったものだから、「草食うとかコオロギかよ」と、ファミレスとかのサラダバーに群がる人の子たちを内心見下していました。愚かであると、軽蔑さえしていました。

でもあるとき気がついたのです。結局は草もドレッシング次第では美味しい、と。
シーザーサラダドレッシングとかかけたら、ごちそうじゃないか、と。シャキシャキしてる。

それ以来、スーパーに寄る機会を見つけてはキャベツの千切りとか買っています。
たまに袋の底の方で、軽く変色し、今まさに腐り出そうとしているような可哀想なヤツとかあるんす。俺みたい。それも食べるんすけどね。

それでこのまえ、大量に袋キャベツを買い込んだのは良かったんすけど、シーザーサラダドレッシングを切らしちゃってたわけっすよ。
ドレッシングなかったら、もうこれは草なワケ。キャベツ農家さんには悪いけれど、大量の牧草と変わりないワケ。しかも刻一刻と腐りつつあるワケ。俺みたい。

それで、仕方なく、何もかけずに食ったのです。
料理漫画とかである「うむ、キャベツの甘みが」とか嘘。いや、ほんのり甘いのは甘いのだけれど、そもそもキャベツに甘さを求めてねぇよ、って。甘くなくて良いんだよ、って。なぁ、ドレッシングくれよ。

米なども「うむ、良く噛むと甘みが」とか言うけれど、それは噛みすぎだろ。健康に良くないのは知っているけど、2、3回噛んで飲み込むのがタフな男っぽくて格好いいじゃないか。大ヘビだって人間を丸呑みにするじゃないか。

ともかく、俺はキャベツの処理に困った。
ドレッシングを買いにスーパーにゆく暇もなく、放っておいたら、日々刻々、どんどん変色してゆくのがわかる。俺でもここまで酷くはない。

こうなってくると、もう冷蔵庫開けることすら苦痛になる。

実は、今年の初頭に引っ越したのと同時に大型の冷蔵庫に変えたんすよ。家族向けの結構高いヤツ。
この独居男性らしく大容量を持てあまし気味の、飲み物ばっかり入ってる――それでもお気に入りの冷蔵庫を、あの草が道連れにして腐らせようとしてるわけ。もうこうなってくると、キャベツが忌々しくて仕方がない。俺の冷蔵庫になんてことしやがる、と。

仕事中、職場にいるときも内心でキャベツの事ばかり考えてる。おぼこい少女なら、「コレって恋?」と勘違いする程度にはキャベツの事ばかり考えてる。

もしかしたら、これは全部悪い夢で、目を覚ましたら冷蔵庫にはいつものようにドリンクしか入っていないんじゃないか。

まったく嫌な夢を見た。今後キャベツには気をつけよう」とか、ドリンクのプルトップを「カシャ」と開けつつ、少し反省している俺がいるのではないか。そんな可能性もまだ残っているワケっすよ。

だがそんな事はない。
俺はいくつかのプロセスを経験する。

まず俺は否定する。
いや腐ってなんていないよ。そう見えるだけだろう。だいたい、雑草だって放っておいたらカラカラの干し草になるじゃないか。それが黒く変色するだなんてありえない。非科学的だね。もう一度確認してみよう。

だが。やはり黒い。変な汁も出てる。これは腐っている。

俺は第2のプロセスを経験する。怒りだ。
俺は間違っていないぞ。草のくせに腐る方が悪い。そもそも、あの野菜室はなんだ。専用の名前まで冠しているのに、ちっとも野菜を守ってないじゃないか。インチキじゃないか。野菜腐らせマシーンじゃないか。今後は1年以上野菜を保持できないモノに野菜室を名乗らせないよう、国と行政がしっかりメーカーに指導すべきだ。この冷蔵庫、図体ばかりでかくて、ちっとも役に立たないぞ! 俺みたい!

だがこんな感情を爆発させても、時間を浪費するばかりで何の解決にもならない。

俺は第3のプロセスに移行する。取り引きだ。
冷蔵庫の温度設定を下げ、すこしでもキャベツが長持ちするように細工する。毎朝、毎晩、神にも祈り、キャベツの救済を求める。だがこれらは何の意味も成さない。覆水盆に返らず、腐れキャベツ緑に戻らず。

俺は鬱っぽくなる。第4のプロセスだ。
ああもうだめだ、おれは何てことをしてしまったんだ。どこで間違ったんだ。キャベツなんて買うんじゃなかった。やはり人間は草など食べてはいけなかったんだ。
俺が食べるように仕向けたシーザーサラダ・ドレッシングを、キューピーを、末代まで祟ってやる。そもそも、買ってすぐに冷凍庫に入れておけばこんな事態にはならなかったのではないか? コオロギでもないくせに、変にシャキシャキだとか新鮮さだとかを求めたのが間違いだったのではないか?

そうだ俺が悪いんだ。いっちょ前にサラダとか意識高げなことをしたからだ。俺はどうしていつもこうなんだ。こんなんだから嫁のなり手もいないし、嫁のなり手がいないからこうなったのだ。もうダメだ。消えてしまいたい、この場から、この部屋から、この世界、そして人々の記憶からも。

かくして俺は最後のプロセスに至る。それは受容。
こうなる運命だったのです。罪を認め、自らを罰し、悔い改めましょう。いつの時代もキャベツは腐るのです。腐らせましょう、なるがままに。
そして、祈りましょう、犠牲になってくれたキャベツのために。
キャベツもきっと、見守っていてくれます。祈りましょう私から、祀りましょう明日から。

かくして冷蔵庫はかたく封印され、ご神体となった。
積み重なる名前もない時間の中で、今日もただ我々を見守ってくれている。

2 thoughts on “僕はいつも、勇気を探るたびに

  1. Reply 酸せい 12月 15,2018 8:01 PM

    今まで食べられない状態にしてしまった野菜は数知れずですよ。野菜室の皆は平等に変色し萎れて時にはカビが生えていました。そうまるで私みたい。
    そして悔い改めました。そこにあるのはなんのための冷凍庫だと。冷凍庫に入れるアイスクリームには賞味期限が存在しないものがございますが、あれは冷凍庫に入れることで時間が止まるからだそうなのです。(信憑性は知りません)
    ならばと思いキャベツの千切りを冷凍庫へ入れてみました。
    自然解凍をしたら、べちょべちょで美味しさが9割なくなりました。次にほうれん草のお浸しを冷凍しました。それの解凍後はまさかの出来たてのような美味しさ!
    きっと火を通した野菜は冷凍後も美味しいに違いないと豚バラキャベツや野菜ポトフを冷凍し、解凍し食べました。
    なんということでしょう。炒め物もスープ物も出来たてよりも野菜がふにゃい。やはり出来たてに叶うものはない(少ない)!!
    そうした失敗を繰り返し人はより美味しい料理を知り生み出して来たのだとわかりました。
    そう、コックさんって最強じゃね。と。
    もやしはすぐにダメになります。でもキュウリなどと一緒に茹でたもやしをドレッシングで食べると絶品です。
    是非お試しください。
    もちろん冷凍はせず出来たてで!!

  2. Reply 桃の華 12月 22,2018 11:29 PM

    拝啓 松閣様
    先日はご返信くださりありがとうございました
    取り次ぎ在庫なし・版元在庫なしの状況のなかオカクロ単行本を手に入れんと書店在庫を問い合わせしまくり漸く初版を入手しました者です
    時をほぼ同じくして重版がかかった様ですがそれはいい…むしろ希少価値ある初版でよかったのではとハイ
    ところでオカクロ更新来た!と知り早速…と『UFO』の3文字が飛び込んで来まして
    (フフン…この期に及んでUFOとはさてはオカ番マツカク、キャベツとの戦いに疲れて乱心したか)と思いましたよ、ええ
    そしたら『富士市UFO同乗事件』……もうね、ヤツかヤツが来たのか!とアムロ・レイみたいな台詞を呟きましたよ私は
    コアなビリーバー以外地元でも忘れられてるヤツ来たな…と
    そしてウチの地元の黒歴史なヤツ来たな…と
    だってですよ4回目のヤツとの遭遇の海岸ってウチの近所だし、てか窓から見えるし、てか徒歩数分だし…
    当時の富士市は空気汚染水質汚染が大問題になりゴジラ対ヘドラが公開されたりと公害の坩堝にありましたから佐藤氏の発言にもその影響があったのかも知れません
    富士山のかぐや姫伝説では月の世界に帰るのではなく富士山の頂上へ帰るとなっているのが他と異なる点なのですが、おそらく富士山信仰=山岳信仰と常世神信仰が融合したものかも知れません、実相寺昭雄監督のウルトラQTheムービーでもそう言ってました
    追加取材で富士へ再訪されるようでしたらお知らせ下さい
    黒いメルセデスで待ってます!

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