氷のように枯れた瞳で 4

ぼくは大きくなっていく


年々、コンビニの弁当やオニギリが小さくなりつつある事を我々は知っている。

値段は上がり、サイズは小さく。満足に至らず、満腹に足らず。
弁当ひとつを食べ終わっても、こう、心に隙間が空いたかのように、あと少し、何かが足りない。

もちろん、腹には弁当ひとつ分の食物が入ってるからして数分もすれば忘れてしまう程度のささやかな空腹感なのだけれど、なにかが足りない。たとえば積み上げたピラミッド、その頂上に置く石がない、そんな感じだ。画竜点睛を欠くというやつだろうか。

だから、わかっていながらもコンビニ側の狙い通り、私はお弁当をメインとしつつ、オニギリなり、チキンなりをサブウエポン感覚で買う。ピラミッドの頂点に置くために。空腹を満たすため――というよりは空虚を埋めるため。

結果、美味しい。けれど敗北感がある。

昔はコンビニ弁当でもボリュームがあった。それが昨今、体感的に5分の3ぐらいの分量に減っているように感じてならない。

一見多そうに見えても「底上げ」してるタイプの卑怯きわまりないヤツも少なくないから、ことご飯においては「少ない」という表現よりも「薄い」と表現するほうがその実態を正確に捉えている。板だ、あれは。ライスボード。そのうち、のり弁などはあの薄っぺらの海苔のほうが、はるかにご飯より厚いという寒い時代が来るはずだ。

もちろん、厚さだけではなく、面積も減ったし、容器も縮小傾向にある。

それに我々は気付き、唖然とし、一転して疑い、やがて心を痛め、軽蔑さえするが、結局買わざるを得ない。

時間やコストを考えれば、そこで声を荒げ、不当な扱いに立ち向かうより「足りない弁当+アルファ」で妥協することが1番精神的な負担が少ないからだ。
「負け犬ではあるが、咬ませ犬でないだけマシ」などと自分を誤魔化しながら。

そうして悪態をつきながらも、買い、
さながら豚のように貪り喰らい、そうしてまた例の空虚を覚え、ソレを埋めるためにむせび泣きながらもオニギリだのチキンを頰張るのだ。こんなミジメな生き物は、地球上に類を見ない。ミジメであるくせに自身が負け犬であることは認めない――つまりは典型的な負け犬なのである。

モノが小さくなるのは悲しい。

昔はプロレスラーかと見まごうくらいに体格の良かったタフなオジさん( たとえば、アイスコーヒーを飲む際に氷ごと口に含みガリガリ音を立てながら飲むタフなタイプ )が、歳をとるにつれ体がしぼみ、背の曲がったショボくれた老人になったとき。

たとえば、夏祭りの夜。
君と夜店で手に入れた風船が、翌日の朝には見る影もなく萎んでしまっているのを見たとき。

たとえば、絶頂をむかえた後、マグナムからデリンジャーに変わってしまった自らの『ウエポン』を見たとき。見られたとき。

たとえば、ハマーみたく巨大な車に乗っていたワイルドなEXILEっぽい友人が、すこし見ないうちに軽自動車に乗り換えていたとき。

我々は、そんな時いつも、さみしさを覚える。

大きいものが小さくなる――それは、盛者必衰のコトワリをあらわすモノである。奢れる平家、大ローマ、みな小さくなって、やがて消えていった。

コンビニの弁当棚を見て、あるローマ帝国時代の詩人はそれを『失恋の陳列』と詠った。

どれも悲しく、どれも足りず、どれも滑稽であると。それは永遠を願う我々の心にちょうど収まらなかった。

「弁当が小さくなったのではなく、僕が大きくなった――と前向きに考えるべきでしょうか」

私がこう問うと、カウンターに佇む妙齢の女性店員が仄かに笑う。

「いいえ、松閣。見ての通り弁当が小さくなったのよ。そう、さながら絶頂を迎えたあとの貴方のデリンジャーのように、ね」

私は自らの卑屈な心の内を見透かされたことで急に恥ずかしくなり、赤面――耳まで真っ赤してうつむいた。

「み、見たこともないのに酷いです。デリンジャーじゃありません。マグナムです。大口径です。頼りになる、タフなやつです」

「あらあら、そうだったわね。ごめんなさい? タフなダーティー・ハリーさん、ふふふ」

温められた弁当より、揚げられたホットフードより、私の顔は熱くなり、そのままコンビニ袋を引っ掴むと私は店外へ駆け出した。

いっそ、弁当にあわせて自分が小さくなりたい。そう、いっそ小人のように。あるいは米粒よりも小さく――誰にも見られないように。見つからないように。

そうして人目を避けるように近くの公園へ逃げ込むと、私はベンチに座り、キチンと並べた太ももの上に弁当を置き、さめざめと泣いた。

なんとミジメな生き物だろうか。私という人間は。
私は小さい。股間も器も存在感も小さい。

こんなミクロな私には、こんなマイクロな弁当がお似合いだ――そう思う。そう思うけれど、悲しくて、さみしくて、涙が止まらなかった。誰かに「違うよ、そんなことないよ」と言って欲しかった。露骨な慰めでも、今はソレが欲しかった。

「やぁ、松閣じゃないか」

呼ばれて顔を上げると、オジさんがいた。過去にはガタイの良かったオジさんは片手に持ったカップからアイスコーヒーを一口やり、静かに私の隣にすわった。

「泣いてるのか」

「泣いてません」

「いや、泣いてるな」

「泣いてません」

オジさんは、またアイスコーヒーを一口やったが、私が期待した――『氷を噛み砕く音』は聞こえない。

「昔はさ」オジさんは遠くを眺めながら、独り言のように呟いた。
「氷もさ、アメ玉もさ、口に入るモノは全て噛み砕いて食べたさ。ソレが男らしさだと思っていたさ。生き急ぐみたいでカッコいいと思ってさ」

「カッコよかったです」

「ありがとうよ。でもな、そんな無茶を繰り返してたせいで、体がボロボロになっちまった。もう氷はおろか、コンビニおにぎりすら噛みちぎれないほどさ」

「そんなに……!」

「ああ、まったく情けねぇよ。でもな松閣、おれは後悔はしてないぞ? 盛者必衰ってのはな、過程でしかないんだ。花火は夏の夜空に大輪の花を咲かせ、すぐに消えてしまう――だから良いんだ。その一瞬のために全存在をかける。たかが一瞬のために。俺もそうさ、EXILEぽい奴もそうさ、そしてお前のマグナムも、な。ナァ松閣、男はな、燃え尽きちまってもいいんだ、燃えないよりはずっといい」

私は発射されたロケット花火がごとくベンチから立ち上がり、オジさんに向かって、いつになく強い口調で言った。

「黙れっ、負け犬が!」

オジさんは「ヒィッ」と情けない声を上げて青ざめた。嗚呼、まさに負け犬の顔だ! 負けることより、痛めつけられる事を恐れる顔! なんてミジメな生き物だろう!

「僕は貴方とは違う! 僕は、俺は、そう太陽だ! 日々、肥大化し、やがて貴方のようにちぢこまった地球をも飲み込み焼き尽くす太陽だ! 松閣サンシャインだ! さあ歌え! 俺の歌を! 『You are my sunshine』を! さぁッ!」

「ゆッ、ゆーあーまぃーさんーしゃいーん、まい、おんりー」

「声が小さいッ!」

私は、泣きながらオジさんをぶった。これでもか、これでもかと、何度も何度もぶった。オジさんも泣いていた。

小さな地球の上で、小さな声の小さな人間たちが、小さな弁当を巡る小さな絶望に飼いならされる。

やがて、「小さな弁当」しか知らない若い世代が台頭し、それこそがレギュラーサイズであると声高に謳うだろう。
海苔よりも薄く敷かれた米を、ゴマよりも小さな唐揚げを、救い難く足りない醤油やタルタルソースを。それを弁当と呼ぶだろう。それこそが弁当なのだと。

タフだったオジさんも、エセEXILEも、そして私も、もう手遅れだ。覆水は盆にかえらず、曲がったモノは真っ直ぐにはならず、失くなっているモノを数えることはできない。

だから問う。コンビニ各社に問う。
貴方たちは本当にそれでいいのか、と。

4 thoughts on “氷のように枯れた瞳で

  1. Reply くに 9月 10,2018 12:17 AM

    かわいそうに。
    心痛めてしまったのですね。
    お弁当の大きさに、おにぎりの大きさに。
    たいていの変化は思いの逆へおきますよね。
    でもコンビニにいたその女性は あなたが太陽であることを否定したかったのではないのです。
    マグナムは、否定しちゃったけども。
    私も彼女を知らないわけではないのですが、女はみんな収穫の喜びを大切にしています。
    ぶどうを摘む、芋を掘る、ほうの実を拾う、そうして前掛けをいっぱいにして安心するのです。
    あなたのマグナムの中身が、鋼鉄の弾丸であろうとも、やわらかな愛情であろうとも、女はただ収穫するだけです。
    暴発を防ぎ、ロケット花火などに化けぬように。
    あたたかで透明なものであなたをくるくると包んで、さらに大きく育って行けるように。

    今夜も安心しておやすみなさい。
    安心アンシン♪廃墟なら安心。
    でも、新しく松閣配下入ったものたちにも、ぜひ過去ログから全て読んで欲しいなぁ。
    いつかのワタシの夏のように、全てを滞らせて読み込んで欲しいなぁ。

  2. Reply ピヨヒコ 9月 11,2018 9:18 PM

    閣下、はじめまして。
    いつも楽しく拝見しております。
    初めてコメントさせていただきます。

    オカクロ→オルタイム→小説の順でハマっていきました、閣下の生き様に心を打たれた独身アラフォーでございます。
    わたくしめも閣下の帝国に住まわせていただきとう存じます。
    特技は高速ダンボールたたみです。おそらく関東一速いかと自負しております。
    秘密基地完成の折にはどうぞわたくしめにもお声をかけて下さいませ。
    唐揚げとウインナーと明太子をお納めいたします。

  3. Reply まつかく 9月 12,2018 1:03 AM

    >>くにさん
    よくよく見てみたらここって2013年からあるんすねー週刊とかいいながら隔月更新になってるっすけどもw
    もっと昔にはmixiかなんかで書いてたような記憶もあるんすけど、いまやmixiがここ以上に廃墟という……万物の流転、世の移り変わりを感じます。すべては物憂い。

    >>ピヨヒコさん
    聖松閣伯オルティアニウスでございます。
    高速段ボールたたみは頼りになりそうですね。でも俺の帝国はディストピアになりますが大丈夫ですか? 朝昼晩と俺を讃える詩を朗読してもらい、かつ朝昼晩の礼拝もあります。そしておはようからおやすみまで、完全に監視されます。

    最初は8等庶民からスタートとなりますが、ピヨヒコさんに関しては俺が人事院に口添えしておきますので2級市民ぐらいにはすぐ出世できると思います。ただ俗世とは縁を切ってもらい、最終的には俗世と戦う事になろうかと思いますので、革命に人生を捧げる決意ができたら言ってくださいね。

  4. Reply あい 9月 17,2018 9:08 PM

    閣下の振り回すダーティでハリーなM29は街の悪党共を震え上がらせ女性たちを虜にしているでしょう。

    今さらですがオカクロ書籍おめでとうございます。こんなに党員がいるのかとTwitterで驚かされました。

    もちろん私も党員の一員として、閣下の血と汗と涙と偏見とその他諸々を感じさせるバイブルを手にしている喜びに震えております。

    閣下の益々ご活躍を陰ながら応援しております。

    ちなみの最近のコンビニは弁当やおにぎりより
    冷凍コーナーのほうが充実していると思います。

Leave a Reply