格安SIMという永遠の謎と、我々の未来 2

それがなんなのか、私にはわかりません。

格安SIM。その語感から、私はずっとその言葉を発声するのを躊躇っていた。問題は「格安」といういかにも低所得者をターゲット層に定めた下卑たワードではなく、「SIM」だ。

これは「シム」なのだろうか。それとも「エス・アイ・エム」なのだろうか、という根本的とも根源的とも基礎的とも言える部分が引っかかっていたのである。

こんな疑問に直面した時、めまぐるしい昨今を生きる現代人たちならば、すぐさまスマートフォンを取り出し、『格安SIM』で検索し、その読み方、そしてそれが指す意味を知るのだろう。これは現代において自然な行為である。
親鳥が小鳥に餌を運ぶように、水が低きへ流れるように、あるいは太陽が月を追いかけ続けるように、ごく自然な、至極当たり前の行為である。

だが私はそうしなかった。
そうできなかったのだ。

『格安』のつかない――ただの『SIM』に良くない思い出があったからだ。
秘められた私の過去。語られなかった物語がある。今日はその話をしようと思う。

昔、物凄い美人とチョロっと付き合ったことがある。本田翼似の。
その女性がロックバンドの『SIM』が好きで、私にも薦めてきた事がある。

やはり私は自意識の病に冒されている身であるからして、やはり当時「シム」なのか「エス・アイ・エム」なのか、という疑問に迷い、困惑し、嘆き、憤りさえ覚えた。美人の手前、恥だけはかきたくなかった。

読み方もわからないし、そもそも音楽性があまり好きな感じじゃなかった。

だが、その美人に悪く思われたくない――振られたくない一心で
「へぇ、いいね。かっこいいよ。音の重ね方がいいね。ふーん」
などと、さも音楽通であるかのように振る舞った。さもロキノンとか読んでる、自分の音楽の趣味を「雑食」とか表現するいけ好かないタイプの。

ロキノンなんてとんでもない。買ったことある音楽誌なんてヘビーメタル専門誌の『BURRN!』ぐらいなのに……なのに私はさも爽やかでイケてる感じのロキノン勢であるかのように、「雑食」であるかのように振る舞ったのだ。自分を良く見せたいばかりに!

これはメタル神、マノウォーに対しての裏切り――背信行為だった。
だがムサ苦しいオッサンが血管浮かせて高音を張り上げるメタルなんかより、本田翼のほうが価値があったのは確かだった。

ほどなくSIMの件は別として本田翼には振られた。

本田翼を失っただけに留まらず、メタルを裏切った軽薄なエセ・ロキノン野郎、という不名誉だけが私に残された。メタル界隈の人間でもなければ、ロキノン界隈の人間でもない。巡りゆく時、去りゆく季節からも置き去りにされた――ただの卑怯なコウモリが、ただ取り残された。

私はもう、どんな顔してマノウォーを聴けばいいのかわからなくなっていた。マノウォーの筋肉ムキムキな、かつ機能性よりも露出を主目的としたような変な服を着たアルバムジャケットを見るたび、
「お前のようなロキノン豚はポップなシャレオツ音楽でも聞いてフニャチンいじっていろ。hell」
と責められてる気持ちにさえなるのだ。

それでも救いを求めてマノウォーのCDを再生し、そこでまた私は打ちのめされる。タフなリフから『Fighting The World』が始まり、いかにも雄臭い声がこんなことを歌う

「俺はヘビーメタルのために戦う。ヘビーメタルのために戦い続けている。ここにあり続けるために! ファイト!」

ああ、私はなんという愚か者だろうか。許されるなら自分を鞭打ちたい。

報われない人たちに向けて中島みゆきも「ファイト!」って歌っていたが、あれは『頑張って!』の意だ。マノウォーの「ファイト!」は違う。「戦え! 筋肉と血を支払い、エセ・メタルに死を!」の意だ。軟弱な男が聴けば、その場で失禁失神してしまうほどの男らしさがそこにある。

メタルっぽいエセメタルですらマノウォーたちは根絶やしにしようとしているのに、ロキノンとかそういうのは存在はおろか、血の一滴、髪の一本すら許してはもらえまい。

ちなみに、参考までに書いておくと、昔メタルマニアのオジさんに
「マノウォーの言うエセメタルってどのバンドを指すんです?」
と訊いたことがある。答えはシンプル。「マノウォー以外」

余談はともかく、こうなってくると、私にとって『SIM』とは呪われたワードとなる。筋肉と血で支払っても、まったく足りないレベルに、だ。

マノウォーを聴きながら、私は思索にふけった。おそらく『SIM』は「Sad In Madness」だとかそういうのの略に思えてくる。これもまたヘビーメタルのバンド名とか曲名っぽく聞こえてくる。

かくして私は自分でも良く分からない経緯で『SIM』を忌避するようになった。検索もしていないから、いまだに読み方もわからない。

『SIMフリー』だとか言われても、なにが自由なものか、と顔をしかめ、背けてしまうようにもなった。TwitterとかでもNGワードにしたいぐらい。
大好きだったゲーム『シムシティ』もあれ以来やらなくなった。

そうして、また夏が来ようとしている。
『SIM』とはなんだったのか。その答えも見つからないまま、こうして失った物の数だけを数えている。

段にっぽい感傷』+『狂気の中の悲しみ』=『格安SIM』

それが答えであるのかどうか、私にはわからない。

季節は過ぎ、年月は流れ、やがて記憶も失われるだろう。路傍に咲くアジサイが雨を誘い、やがて雨上がりに輝いては、夏を告げる。
商店街に掲げられた看板に目をとめ、私は誰にも聞こえない程度の声で呟く。
『格安SIM激安』――か。
意味を解せないまま、私のまだ見ぬ夏が始まる。

2 thoughts on “格安SIMという永遠の謎と、我々の未来

  1. Reply くに 9月 8,2018 10:04 PM

    オカルトクロニクル、やっと手に入れました。先週。
    amazonさんで買えず、朋友まで行く家族についでに頼みました。
    ものすごく、手を入れてある!うれしくて涙がこぼれます。
    オトナの事情で野暮用にしばられて、自由な時間が少ないけれど大切に読みます。
    韻を踏んでいる事に気がつかずスルーするような 雑な読み方はすまい。

    ガラケーのお兄さんがこちらにいたかと思いますが、あと、気になる感じの女子高生…は、もう女子高生じゃあないか。
    購入できましたか?
    重版も!決まったそうですよ\(//∇//)\

    閣下、おめでとうございます(о´∀`о)♡

  2. Reply まつかく 9月 8,2018 10:34 PM

    >>くにさん
    ご無沙汰しております、松閣伯オルティアーノでございます。
    ちょうどPCに向かっている時にメール通知が来て、飛んで参りました。

    しかしお嬢さん。残念ながら、もうここは久しく廃墟となっておるのですよ。たぶん俺と、くにさん以外だれもおりません……。
    本を買ってくれてありがとうです。ちょっと初版はミスがおおくて見苦しいかも知れませんが、そこらへんは見なかったことにしてくださいね。

    オルタイムのことすっかり忘れてたけど、せっかくだから何か書きますねw

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