空前の猫ブームだったと聞く。
過去形で書くことで、一部の猫好きには糾弾されるかも知れないが、俺も猫のように可愛く気まぐれなので許してもらえるだろう。
だが、俺は犬派なのである。
こうして断定的に書くと、「両方好き!」という折衷案を採用している立場の者からは、「わざわざ派閥作らなくてもいいじゃん。動物はみんな可愛いし」と嫌味ったらしく言われるかもしれないが、言いがかりはよせ、別に対立したいワケではない。
猫を飼ったことがないから、猫の良さがわからないんだろう、という指摘を猫派から受けたこともある。
これは言うまでもなく的外れな見解で、論駁するのもバカバカしい。
たとえば、「寿司が好きじゃない」と言うと、「本当に美味い寿司を食ったことがないからだよ」と、啓蒙だか肥大した自意識の発露だかわからないアドバイスを受けるのと似ている。
そういった「貴方は知らないだけ」という立ち位置からモノを言われると、「貴方は私の事を知らないだけ」という不毛な反論もしたくなる。
ちなみに寿司は好きだ。ハマチとサーモンが好きだ。最近では昔は苦手だった光り物も悪くないと思う。
ともかく「猫派」「犬派」の立ち位置が明確になった時、人はしばしば相手陣営を攻撃する。
俺が言われた口撃は
「犬は散歩が面倒で」
「吠えるから近所迷惑になるし」
「発情期に、足に抱きついて腰振ってくるのがキモきゆえ、拙者、犬は嫌いでござるよ」
なんというショボさでござろうか、と俺は思った。これらのネガティヴな要因は、結局は人間の資本力に原因が求められる。少なくとも、俺には当てはまらない。
まず、俺は邸宅が広大であり、庭も「エーカー」単位であるわけで、犬は気が向いた時に、そこを自由に散歩する。
もちろん、敷地が広大であるから、どれだけ犬が吠えても隣家には届かず、迷惑などかからない。敷地の南に初夏がきた頃、敷地の北には雪が降っている。
いつだか敷地のどこかにUFOが墜落したという噂がメイドたちの間で流れたが、結局、広すぎて場所は特定できなかった。
近所の住民は俺のことを、松閣伯オルティアーノ様と尊敬を込めて呼ぶ。みんな俺を愛しているのだ。そんな領民たちに、伯爵である俺は馬車から優しく微笑みかける。
ある時、国を旱魃が襲った。
枯れかけた領内の麦畑で領民たちが天を仰ぎ、薄い雲に向かって恵みの雨を懇願する。もう半年も雨が降っていない。このままでは麦だけでなく、人間も干からびてしまう。
騒ぎのさなか、何処からか祈祷師のような怪しい者まで現れ、雨乞いの祭壇が建てられた。
俺の知らないところで、人身御供が行われ、うら若い乙女たちが、ひとり、またひとりと雨乞いの生贄に捧げられた。
若さには大地を蘇らせる力がある――普段は領民たちもそんな世迷言を信じはしない。だが事態は深刻さを増す一方で、人々は藁にもすがるいで俗信にたより、若い命が祭壇で燃やされた。
黒炭のようになった乙女の体から頭部が切り離され、その頭部は3メートルはあろう木棒、その先端に取り付けられた。
その野蛮極まる棒で領民が天を突くたび、焼けて、乾燥した海藻のようになった長い髪が、ガサガサと揺れた。
それでも雨は降らない。
宵の空には薄い雲がかかったままで、まるで大気には水分の一滴も存在しないかのよう。
責任を逃れたい祈祷師は、祭壇のかがり火に彫深い顔を明滅させながら、月夜に照らしだされる松閣伯オルティアーノの居城に人頭棒を向ける。
これは呪いに違いない、これほど大地が乾くのは、悪魔の呪いに違いない。
その呪いは、領主、松閣伯オルティアーノに起因するものに違いない。
やつが悪魔にこの土地を売り渡したのだ。
殺せ。悪魔と契約した者を殺せ。悪魔と、その仲間、一族郎党、男も女も皆殺せ――。
大地を取り返せ!
殺せ、殺せ、殺せ!
「そんなワケがあるか!」
良識ある一部の領民は、この乱痴気騒ぎに冷水を浴びせた。
「松閣伯が悪魔と契約するなど、あるわけがない! 伯爵は立派な方だ!」
賢明な――彼の言葉は、祈祷師とその取り巻きからの反論でかき消される。
「コイツも悪魔の仲間だ! 殺せ! 殺して天に捧げろ!」
彼はすぐさま捕らえられ、天を突くほどの業火にその身を投げ込まれた。
皮膚が生きたまま焼かれる臭い――耳を突く甲高い断末魔の悲鳴。たしかに、悪魔的な死にざまだ、奴も悪魔だっのかも知れぬ――と、一部の領民は恐慌のなかで狂乱に取り憑かれ、正常な判断力を失った。
殺せ! 殺せ! 殺せ!
祈祷師に扇動された領民たちが、手に手に武器を取り、手に手に松明を掲げ、松閣伯オルティアーノの居城に迫っていた。
【次回予告】
伯爵にせまる暴徒の影。武装メイドは次々に倒れ、生きたまま細切れにされては豚の餌となる。
「是非もなし」炎上し、落城寸前の居城――その広場に松閣はいた。
「松閣さま、ずっと、お慕いしておりました……どうか、次に生まれ変わったら……」言葉も途切れ、松閣の腕の中で生き絶えるメイド。涙を焼く炎。もう、すっかり囲まれた。
次回『赤い広場の青い空』
お楽しみに!
犬派猫派の話しはどうなったんだと思いましたが『赤い広場の青い空』楽しみにしてます(笑)
>>あいさん
もはや、あいさんと俺の交換日記サイトみたいになってきましたねw
なにか誰にも言えない秘密を暴露してよろしくてよ