それぞれのワケで、流した涙の数だけ 7

それだけの喜び 本当に君を救っているか


作業に疲れたとき、人はブログを更新するのだという。息抜きであるのか、サボタージュであるのかはわからない。
それがどのような作業であれ、人は疲れる生き物で、そして疲れてはブログを更新するのだという。

僕は自信なさげに、うつむきながら、メトロポリタン・ミュージアムの学芸員に聞いた。

「昔のひとも、疲れてブログを更新したんでしょうか」

彼――初老に差しかかった穏やかな――学芸員は、やおら手にしていた資料を机に置き、丸い眼鏡を少しあげ、そして椅子ごと僕の方に体を向けた。やがて音のない時間のなかで、労るかのように微笑み、彼は言った。

「したとも。昔は――インターネットのなかったような昔には、岩盤にシカの絵を描いたり、地面におおきな地上絵を描いたりしたんだよ。みんな疲れていたんだ。とてもね。でもその疲れが、何かを書こうという動機付けになったのだよ。そう、ちょうど、今の君みたいにね」

彼が僕を励ましてくれようとしていることは感じ取ることができた。彼は優しい詐欺師だと思う。だいたい岩絵も地上絵も、ブログじゃない。こじつけるにしても余りにも無茶苦茶だ。だが、僕は彼の心づかいが嬉しかった。彼にとって――僕はまだ「嘘をついてでも元気づけたい人間」であるのか、と。
こんな、更新をサボってタクティクス・オウガの死者の宮殿115階にチャレンジしているような――こんな人間でも、励ますだけの価値があるのか。

「生きていても、良いんでしょうか」

彼に対して声を発したけれど、彼に対する問いかけじゃなかった。彼を通して、全世界の善意に質問しているような、そんな問いかけだった。無条件で肯定されたい、そんな僕でも神は――世界中の善意は、赦してくれるだろうか。もういちど、やり直せるだろうか。チャンスをくれるだろうか。

彼はただ、言った。

「ブログを書いたらね」

彼は悪戯っぽくわらって、眼鏡をまた少しあげ、作業机にむき直した。
ブログ、書きます――。僕は彼の背中に一礼して、メトロポリタン・ミュージアムを出た。

博物館前の広場では子供たちと犬が追いかけっこなどをしている。吹きぬける秋の風が肌に冷たいが、日差しは肌に暖かい。そうだ、光は差している。夜に朝が来て、雨はやみ、季節は巡り、涙もやがて乾くだろう。

そうして前置きが長くなったけど、更新。

最近は、あえてSNSを利用しない、という人もいる。これは賢明なのかもしれない。

なんでもかんでも繋がりたがる――繋げるサービスが多いのだけれど、本当に繋がりたい部分は下半身だけなのですよ、男っていつもそう。ねぇ、そうでしょう? そうだといってよ。体だけでも愛してよ!

もうね、下半身とかね、そんなの不純ですよ。俺などはおぼこいので、下半身どころか、女子と手を繋ぐだけで顔を赤らめてしまいますよ? 

もっといえば手を繋ぐことを考えただけでもう、俺の強面は赤熱した石炭が如く赤面し、心を焦がすような熱量をもつ。その真っ赤で大きな石炭を、シャベルで火室に詰め込んで、蒸気機関は最大出力。いっそこのまま、宇宙の果てまで君と行きたい。各駅停車の銀河鉄道。冥闇切り裂く流星の、レールのようなしっぽを追って。遙か遠くで交差する――光と影と明暗が、未来と過去と悲喜こもごもが、混じって消える最後まで。あるいは始まるところまで。

このように谷川俊太郎も嫉妬に狂うレベルの俳キングだのポエミングができるほど、俺はおぼこいわけですよ。どうだ俊太郎、勉強になったか?

もちろん、ぼっけぇおぼこい俺としてはギリギリ下ネタじゃないワード選手権の栄えある最優秀作『ちんちん電車うんちん値上げする気まんまん』とか、金賞の『多目的ホール』とか、もう、はずかしくって口にできない//// 『メスシリンダー』とか言われたら、実験どころじゃなくなっちゃう//// ンフ////

ギリギリ下ネタじゃないけど、下品な雰囲気を嫌気してそろそろ女子たちがブラウザを閉じる頃だが、続ける。

おれもtwitterに登録しているワケであるけれど、活用できているか? と聞かれれば、正直よくわからない。

リアルの友人たちも何人か相互にいるけど、彼らはほとんど呟かない。ときおり、思い出したかのようにゲームの愚痴を呟いたり、食べ物関係の呟きをリツイートしたりする。腹が減っているのかな。よくわからないな。おれは知らんぷりをする。

じゃあ自分はどうなのだ、と自問したとき、呟きたいことなんて、ほとんど無い。一週間、最長でも1ヶ月に一度ぐらいは「呟かないと」と義務感に背中を押され呟いている。

Twitterにはタイムラインというものがあって、俺がフォローした人たちの呟きが時系列でホーム画面に表示されるのだけれど、それを見てたら1日に100を超える呟きをする人もいる。

いつもテンションが高い人。いつも絵を描いている人。政治の話ばかりしている人に、議論ばかりふっかけてる人。自分の家庭環境なり人生の遍歴などを呟く人。ジオラマを作ってる人、鉱石でアクササリーを作ってる人。鉄ちゃんに腐女子の人に、夢女子の人。冗談ばかり言っている人、恨み辛みばかり言ってる人。

動物園でももう少し秩序というものがある。
ちなみに、意識高い系の人たちは、自動呟きのスプリクトで同じ呟きを1日に何度も繰り返したあげく、「起業に興味ありませんか! 不労所得で経済的自由を手に入れませんか!」とかメール送ってくるので、これはブロックした。

俺はふと手が空いたときにipnone取り出して、それらの呟きをボンヤリ見たりする。
そうしてタイムラインに流れてゆく、それぞれの人生の断片を感じたりもする。
ただみんな、誰かの負担にならない程度に、誰かに話を聞いて欲しい、誰かに見ていて欲しい。そんな感じなのかな、と思う。寂しさを紛らわせている人もいるだろう。

だが、寂しさを紛らわすつもりが、さらなる寂しさを生むこともあろう。
反応がなく、ひとり――。大多数の中にあって感じる孤独こそ、真の孤独であると誰かが言っていた。

「人々は、ささやかな呟きで誰かと繋がりたい――孤独感を埋めたい、と願うものなのでしょうか。人は昔からこうなのでしょうか」

メトロポリタン・ミュージアムの一室で、僕はさも無関心なように、さも自分には無関係であるかのように、何気なく初老の学芸員に問うた。
彼は、また資料を置き、また眼鏡をあげ、また優しい微笑みで言った。

「そうだね。人は『ふぁぼ』を欲しがる生き物だ、とスミソニアン博物館の館長が言っていた。誰かに見てもらう――だけではもの足りなくなって、イイネ、や★が欲しくなる生き物なのだそうだよ。かくいう私も最近はふぁぼ欲しさに、他の人の笑えるツイートを勝手に改変して、さも自分のオリジナル呟きであるかのようにツイートしている」

「パクツイ、というやつですか……それはちょっと――」

「最近は『ふぁぼ+リツイート』のセットを強要する絵師などもいるのだ。私など可愛いものだよ。まあ、私が自作だと言って上げる萌絵も、他の絵師が描いたものではあるがね。いかんかね?」

「いえ……そういうわけでは」

彼はまだ何かを言おうとしたが、僕は一礼して、すぐさま部屋を出た。
孤独が人を狂わせるのか。あるいは狂っているから孤独になるのか。人は認められたいがために、自分の誇りまで捨て去ることができる生き物なのか。僕にはわからない。ただ、もうこの部屋に来ることはないだろう。

博物館前の広場に、北から冷たい風が吹いた。また、冬がやって来る。

7 thoughts on “それぞれのワケで、流した涙の数だけ

  1. Reply 11月 20,2017 10:46 AM

    松閣さんおはようございます。

    すばらしく奥行きや空気感のある散文ですね。
    下半身……いや胸が熱くなりました。
    下ネタ満載でも私はもう『女子』という年齢じゃないのでブラウザ閉じませんよ。ごめんなさいねー、女子じゃなくて。

    まだまだ生きていてくださいね。
    疲れたらサボってもいいのです。どうぞ松閣さんの思うままに。
    私も、世界10億人の松閣ファンも、もっと読みたい。
    ふぁぼもイイネも★もあげられないけど、見てますよ!

    本格的な寒さがやって来ましたので、風邪など召されませんように。

  2. Reply まつかく 11月 21,2017 2:05 PM

    >>辻さん
    「作業に疲れたとき、」から、ぼーっと思いつくままに書きました。実際いろいろな作業に疲れてたので、なんにも考えずに何か文章を書きたくなったんすよw

    世界に松閣ファン10億人どころか、10人いれば御の字ですよw もしかしたら……10人もいないかもなので、10人目指してがんばります

  3. Reply (。≖‿≖ฺ) 11月 21,2017 7:23 PM

    途中下ネタや笑いをぶっ込んでいても、何となくですが、寂しさを感じさせる内容だなぁと思い、少し心配になりました( ; ; )沢山の事を考えたり、色んな事に疲れてきたり…そういう時ってありますよね。「生きていて、良いんでしょうか?」、「良いです。ブログを書かなくても、オカクロ、小説を更新しなくても、ツイッターでわざわざ呟かなくても、生きていて良いんです」

    寒い季節になると、何となく心まで寂しい気持ちになったりするので、いっぱい着込んでこたつで丸くなって身体を温めて下さいね(。≖‿≖ฺ)

    • Reply まつかく 11月 22,2017 7:54 PM

      >>(。≖‿≖ฺ)さん
      心配してくれて、ありがとうです。でもたぶん俺は大丈夫ですwただやる事おおくてうんざりしていゆんですわのよ
      どこかで見た顔文字ですね。心なしか俺に似ているような気もしますねー
      オリジナルバージョンに無かった泣きぼくろとか、よく似てます

      >>くにさん
      自分ではよくわからないんすけど、散文だったのですねーw
      商業誌での寄稿文に関しては
      ・雑誌本体に迷惑をかけてはいけない。
      ・実際に被害者のおられる殺人事件である。
      というもろもろの点から軽口を控えてたんす。自分だけならアホもできるんすけどね。
      実は最初の原稿はもっと真面目にかいてたんす。編集のかたから「もっといつも通りで!」と言われて、ようやくアレなんで指示がなかったら、松閣成分0%でしたね

  4. Reply くに 11月 21,2017 9:11 PM

    そうか、散文!散文なんですね、こういうの。エッセイと言ってしまうとズレを感じますが、散文…。
    閣下は散文がとても魅力的。
    ちょいとゲスぶった…ゲスなのか?な?…シモネタの時も
    追いかけても追いかけてもライ麦の中を駆けていく捕まえられない
    陰謀論的日常の話も。
    雑誌発表されたものは、なにか規制されているのかな?と思うほど閣下エキス3% 。
    オカクロとブログがとても好き。
    エロっぽいときあっても(о´∀`о)大丈夫!
    ステキな文章力。
    だから、小説も読んでいるけど 苦しすぎたり切なすぎたりで酸素が足りなくなってしまいます。
    すみません…これ、以前も書いて、書くほうはもっと苦しいのですよ、と 閣下の憂える背中を見せてくれたのに…また 書いてしまいました。

    女子、3人続きました!
    男子の方〜、どうぞ〜。

  5. Reply ジン 12月 4,2017 11:32 AM

    ガラケー民の自分にははわからぬ悩み、流石っす。
    とは言いつつも昔はガラケーでもTwitterなどのSNSはできたんですけどね。時代が許してくれないのですよ。そんなガラケー民にも優しいオルタイム更新頑張ってください!

    • Reply まつかく 12月 5,2017 5:22 PM

      >>ジンさん
      オルタイムは最終的に電卓とかでも見られる仕様にする予定なので、ご安心ください。
      おれ、会社用の携帯がガラケーなんですけども、なんだかだんだん出来ることが減ってきて時代を感じるっすねw ガラケー対応のコストを丸ごと削減してる感じ。
      昔はezwebとかimodeとかが一番身近なインターネッツだったのが懐かしいすね。着メロ16和音とか。

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