エルビスの幽霊を見たよ。 2

ユニオンアベニューで。警備員は彼に気づかず、ただ墓の周りをうろうろするだけ。


最近は懐かしい曲を聴いている。
Marc Cohn – Walking In Memphis

最近、俺なんかはすっかり大人の渋みを身につけて、このPVのマーク・コーンみたく東京の街を歩いている。
さすれば近頃の帝都東亰を濶步せしむモダーンな婦人などは、
「嗚呼、ゐケてゐるメンズにはべり。アんな殿方と一緒に天城越ゑしたゐわァ」
と色目などを使ってきに候。此、當に百花繚乱の文明開化なるぞと。欲しがりません 勝つまでは。

それはともかく、人生の時間が足りない。
各方面に手を広げすぎたせいか、やるべき事が多すぎる。もっとこう、これらをスマートにこなせる能力がほしい。
しかしながら人間一人で出来ることなどタカが知れているので、俺はクローンを作ることにする。
そうすれば仕事や作業を分担できるワケで、余暇が本当の意味での余暇になろう。

「クローンと言ったって、結局作りたては赤ん坊なんだぜ? 成人で生まれてくるわけじゃない」
という常識的なことを言うやつは、ライト兄弟を笑い、ガリレオを裁いた者の子孫に違いない。ひょっとするとキリストを殺したのは君なんじゃないか?
ともかく俺は過去の偉人たちがそうであったように、常識の範疇を超越して、クローンを作る。

仕事は毎日交代制だ。今日俺がゆくと、明日はクローンがゆく。
しかしながら、人間というものは怠惰な生き物であるから、だんだん俺は面白くなくなってくる。俺はオリジナルで替えが効かない存在であるのに、クローンなどと同じ仕事をして良いわけがない。俺は自分の権利として、仕事をサボタージュすることをクローンに告げる。

クローンだって所詮俺の分身であるから、そんなことを聞かされてやはり面白くない。生意気にも俺のサボタージュに対し、奴もサボタージュで対抗してくる。
これでおあいこ、平等だね、で終われば人類は二度もの大戦を経験していない。やはり、誰かが面倒なことをやらないと、生活してはゆけないのだ。

俺は狭いワンルームで、俺のベッドでごろごろしている俺のクローンを苦々しい気持ちで見る。居るだけならまだしも、こいつは俺と同じだけの食事をとる。忌々しい奴だと思う。

ある夜、俺が目を覚ますと、シャワーの音が聞こえる。奴は穀潰しであるばかりか、水道やガスも遠慮なくつかう。このままでは破産してしまう。
俺はとうとう決心して、奴がシャワーを浴びている間に金属製のハンマーを引き出しから取り出す。もちろん部屋にビニールシートを敷いて、奴の忌まわしい血が部屋に染みないように段取っておく。

俺は怒りに燃えているものだから、殺した後の事なんて考えない。そもそも俺が俺を殺すのだからある意味では自殺に過ぎない。俺はバスルームのガラスドアの近くでじっと待つ。獲物を狙う肉食獣より猛り、草をはむ草食獣より静かに。

だが、奴は出てこない。
曇りガラスの向こうに奴はいる。確かに。
俺は気がつく。よくよく考えてみれば、バスルームで一撃したほうが、後の処理は楽なんじゃないか。ザッと水を流すだけで飛び散った血しぶきは洗い流せるのだから。

俺は心を決めると、物陰から躍り出て、一気にガラス戸を開く。
湯煙の向こうに奴がいる、憎らしい――俺そっくりの、ゐケてゐるメンズ――。俺はハンマーを振りかぶった。だが何かがおかしい。
奴は服を着ていた。なぜ。
シャワーヘッドは床に転がり、奴はただ服を着たままバスタブに座って、俺を見ている。俺を見て、にやりと嗤う。

その瞬間、俺の視界ががくんと大きく揺れる。後を追うようにしてやってくる真っ白な痛みが、頭部への打撃が致命傷だったことを告げてくる。
俺は痛みの元に手を当てる。ぬるりと生暖かい血液が、頭部から止めどなくあふれ出してくるのを手のひらに感じる。ぽたりぽたり、したたり落ちた血が、水浸しのバスルームの床に落ちて、水に混ざると淡い色になって拡がってゆく。ああ、洗い流すのは確かに楽そうだ、と俺は他人事のように思う。

ゆっくりと振り返ってみれば、そこに俺がいた。
俺は我が目を疑う。疑ってもう一度バスタブの方を見れば、そこにはやはり俺がいる。俺が二人。俺も入れれば俺が三人。何が何だか分からない。

後ろの俺が、忌々しげに眉をひそめて、ハンマーを大きく振りかぶり、俺の頭に落とした。
真っ白な痛みが真っ白な痛みに上書きされる。

ああ、俺はハメられたのだな。と俺は気づく。クローンの奴は、「ベストパートナー」を作ったのだ。サボタージュしない、新しいパートナーを。
俺は濡れた床に倒れ、頬を朱色の液体で染めながら、自分の生命が消えゆくのを感じる。自分との知恵比べに負けるなんて、とんだお笑いぐさだ。しかし、負け犬の俺には、こんな惨めな死がふさわしい。そう思う。

刹那、薄れかけた視界に、俺が映る。頭部から鮮血を噴き出し、白目をむいた俺が、俺の眼前にいる。俺に重なるようにして、俺より先に死を経験している。
ああ、こいつもハメられたのだな。ご愁傷様。俺は嗤う。

生き残った『奴』は、手にしていたハンマーを、敗者への手向けのように床に捨て、部屋に戻ってゆく。
そうして、PCを起動する音。そうして、キーボードが叩かれる音。これは文章が生み出される音。

その始まりはきっとこうだ。
最近は懐かしい曲を聴いている。

2 thoughts on “エルビスの幽霊を見たよ。

  1. Reply あい 11月 14,2016 9:31 PM

    いつも更新が楽しみで読ませてもらってます。

    今回も笑わせてもらえると思って読んでましたが、気がつけば偽名仮名の世界に居ました。

    総統閣下の描くストーリーにはひきこまれます。

    • Reply まつかく 11月 21,2016 7:03 AM

      >>あいさん
      さいきんコメントがつかないので、誰も見てないんだと思ってましたよw
      しかしだからこそムチャクチャ書いたのは事実です。孤独こそ創作の友なのかもっすねー。出来はともかくw

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