――前回までのあらすじ。
誰かが言った。「ネットの海は広大だ」と。
その海に、時に翻弄され時に癒され、男は成長する。
松閣を襲う高度情報化の波、閉鎖サイトの嵐に心折れそうになりながらも松閣はとうとう京都府山中の山林土地に目星を付けた。
京都森林組合との戦い、そして敗北。
三重山林組合との戦い、そして敗北。
そしてとうとう松閣は地権者との直接対決を決意した。
「怖くないかって? 臆病者でも出世できるなら、俺は今ごろ大統領になってたさ」
ご無沙汰しとります。
はばかりながら松閣おる汰です。
前回に続き、秘密基地建設予定地取得に向けての水面下での活動を赤裸々に綴りたいと思います。
地権者と直接交渉しなきゃならんコトになったワケですが、まず土地がどこにあるのか調べる必要がある。
とくに山林ってーと、土地区分に線引きしてあるワケじゃないし、場所の特定が難しい。
んでグーグル先生に聞いてみたら、なんだか地籍図ってのがあるらしい。
土地を所有者ごとに区分けしてある地図だそうな。
俺は現地見学をかねて、京都の役場に赴くことにした。役場で見られて、地図のコピーもしてくれるらしい。良い時代になった。
すると、その役場のなかに『南山○森林組合』ってのがあるではないか!
それは前回、俺の問い合わせをムゲもなく突っぱねた組織だ!
つまり、これは敵地!
完全にアウェーでの孤立無援の戦いになる。
でも俺は総統の職にある偉大な男。「ふーん」ぐらいに反応をとどめた。
んで、同僚の井上氏になんとなく
「山買おうと思って見学に行くけど、来る?」
ってきいたら
「いくいく」
と言葉通りの二つ返事をくれた。
ふふ、アホめ。何があるとも知らずに。
夜勤が明けた朝、俺たちは車に乗り込み、1時間を掛けてまず役所へ行く。
役所の道を隔てた直面にJAの建物があった。つまり農業協同組合……。
農作物の流通を通して、縄張り内で絶大な権勢をふるう組織だ。
この地区もJAの魔の手に落ちているのか、俺は愁いに満ちた目で見つめた。
井上氏が「おれ、行っても仕方ないし、車の中で待ってて良い?」
とか、平和ボケしたことを言う。
俺は言ったね。
「見ろ。JAがある。よそ者がちょっとでも怪しい動きをしたら、すぐに青年団に招集をかけるに違いないぞ。『よそ者がでかいツラしてるから、ちょっと可愛がってやれ』と」
ここでは農協が法律で、人権などというモノはモミ殻よりも価値がない。
そう説明すると、井上氏もようやく事態を飲み込めたらしく、脂肪だらけの体を身震いさせ、言った。
「青年団って言っても、あれだよね? 50近い青年とは言い難いオッサンばかりの……」
「シッ! 声がでかい!」
ワンミスで松明をもった男たちに囲まれ、ツーミスで埋められるであろう。
「井上氏の体なら、いい肥料になるだろうよ」
井上氏は大人しく車を降りた。
そして緊張しながら役場のドアをくぐり、通路の奥に見える『森林組合』と書かれた札に怨嗟のまなざしを向けつつ、受付の兄ちゃんに地勢図の閲覧を申請した。
兄ちゃん、すこし訝しい表情でしたね。
そりゃ、あやしいかwww
変な帽子(動物さん帽子)かぶった男と、橋本真也激似の男が土地のこと調べてるんだ。
兄ちゃん、なんか色々取り出して、首をかしげ、また色々取り出して首をかしげた。
んで、「いやー、わかんねっす。ここっすかね?」
俺に聞くなと言いたい。
でも取り出された資料は、考古学的価値のありそうなモノばかりでした。
そうして、それらしい場所のコピーを頂いて、俺たちは役場を後にした。
背中に視線を感じたのは被害妄想ではあるまい。
なにせ農協と森林組合が牛耳っている土地なのだから。
この時点で午前11時半。
夜勤明けの疲れが井上氏の顔に浮かんでいる。
やるかやられるかという緊張と、(本人にすれば)どうしてこんな山奥にいるのかという疑問。
その二つが彼を帰らせたがっていたに違いない。でもそんなことは小さなことである。
山道を車で登っているときは「空気がきれい! いっぱい吸お」とか喜んでいたのでよしとする。
そうして山道をゆくところ30分、予定地に着いた。
標高500メートル。
山間の高原地帯。
素晴らしい自然と、暖かい人々。
でも、違った。
なんか、イメージと全然違った。
そこら中に民家が乱立してるし、『美しい沢、きれいな小川』はキャッチコピーにしか過ぎなかった。
こんな水では、山魚はおろか、沢ガニだって引っ越しするに違いない。
俺は泣いた。井上氏は笑った。
なんか、迷惑を掛けないように気をつかっていたが、住民の方もいかめしい顔で睨んでくるし……。
『よそからの人々を温かく迎える土柄で……』と書かれた自治体の村おこしHPがむなしい。
売りに出された土地を特定する気持ちもすっかり萎えた。
駄目だ!
ここは選外!
帰り道、傷心の俺は次の候補地を考えていた。
山奥。水量の安定した沢なり清流のある……。
俺はハッとして、タバコのフィルターを噛んだ。
――山と言えば……長野県じゃないか!?
京都の山じゃ駄目だ。過去には大江山の鬼だって、追い出されたではないか。京都府は秘密組織にカラい風土なのやも知れぬ。
長野、長野なら、きっと何とかしてくれる!
「次は長野だね」
俺が言うと、井上氏は顔を引きつらせていた。
よほど嬉しかったのだろう。
次回に続く。